2. ソルボンヌ大学
カテゴリ : パリ留学日記
投稿者: Sachiko 掲載日: 2004-10-16
「パリはどちらに留学なさってるんですか?」と、聞かれて
「はい、ソルボンヌ大学に通っています。」と、答える。
しかし、これには小さな落とし穴がある。

正確には「ソルボンヌ大学フランス文明講座のフランス語講座へ通っています」
これが正解。授業料を払って規定の書類を揃えれば誰でも入れます。
しかし、さすがはソルボンヌ。その講義内容はとてもハードで卒業が難しい。
ヨーロッパではソルボンヌの卒業証書はかなり権威があるそうだ。
パリに恋を感じ始めてから、御茶ノ水のアテネフランセへかなり真面目に通っていた私。
しかし、全く基礎がなってなかった。そのため、初めは簡単な言葉さえも通じなかった。 私の年代にありがちな“***を習った気”にしかなっていなかったのだ。
ソルボンヌでは、上級・中級・初級のレベルがあり、その中でさらに細かくクラス分けされている。
クラス分けのテストで、どういう訳か私は初級の中レベルのクラスに入れられた。
(自分では一番下のクラスだと思っていた)
「この一年間は死に物狂いで、勉強だぞ!」
と、自分に言い聞かせてパリでの学生生活が始まったのだった。

マダム・フォンタナローザ

引越しが住んで落ち着いたのも束の間月曜からは又、ソルボンヌの一週間が始まった。
学校は午前9時から午後3時まで。 家に帰ってきて5,6時間は授業の為の勉強をしなければついていけない。
10月から2月までの初級クラスの5ヶ月間はいままでで一番勉強した期間だったと断言できる。私は大学受験の時以上に必死になった。
クラスは20人程度で国籍はさまざまだった。 ヨーロッパやカナダ人は中学、高校とフランス語を勉強していた人が多いし、 日本人でも仏文科を終了した人が同じクラスに入っている。 当然、私は他の人の倍以上勉強しなければついていけなかった。
先生は、マダム・フォンタナローザという、30代後半の美しくチャーミングなバイタリティ溢れる先生だった。
ソルボンヌの初級クラスは、担任の先生が全てを受け持つ。 フランス語の1から10までマダム・フォンタナローザが教えてくれるので、まるで私たちクラス全員の母親のような存在になった。
マダムはパワフルすぎるほどパワフルだった。
フランス語の文法にはややこしい活用形がたくさんある。 とにかく、私達は叩き込まれた。宿題は毎日大量。もし、宿題をしないで教室に行ったらマダムに怒られてしまう。
この状況の中でも私は夜にコンサートやライブに足しげく通った。
(シーズン中は1週間に4,5回)ゆえに私は学校が終わると直ぐに宿題を済ませ、 コンサートに行き12時頃帰ってきて(たいてい8時半から始まる) 午前3,4時まで勉強するパターンを繰り返す生活をしていた。
なんて私はパワフルだったのだろうか?
2年がかりで実現したフランス留学。その頃の私にとってフランス語を学ぶ意志はかなり強かったのだ。
マダムのお陰で私にはある程度きちんとした文法が身についたと思う。あの時必死にやった事が、私のフランス語の土台になっている。
こんなに冷静に振り返れるなんて、時というのは不思議なものだ。
思い返してみてもかなりきつかった4ヶ月だった。おまけにパリの冬は長くて暗いのだ。
外国語の完全な習得は1,2年では絶対に無理であろう。この1年で日常生活に不自由しない程度にはなったが、やっと勉強方法がわかったという程度だ。
私はこれからずっとフランス語、フランス文化を学びつづけるであろう。
それ程私にとって、フランスは奥の深い愛すべき国なのである。

ソルボンヌの試験

1993年は瞬く間に終わり、1994年1月。
終了試験の時が来てしまった。
ソルボンヌでは学期末に大きな試験がある。その試験に受かると証書を手にできる。
4ヶ月間一緒に学んだ仲間ともお別れだ。
そしてマダム・フォンタナローザとも。
試験前の授業は厳しさを増していた。
冬休みの間、羽根を伸ばしすぎた私は お尻に火がついたように一心不乱で勉強をした。
ソルボンヌの初級のテストは、どのクラスも同じテストだ。全てのクラスの生徒が一定のレベルに到達するように、カリキュラムが組まれている。
私にとって初めてのことなので、大学受験のときのようにドキドキしていた。
筆記試験当日。会場について驚いた。 そこはまるで大学受験会場のように大きく(それよりも大きいかも)机の上にはペンと消しゴムのみ。荷物は教室の端に置くようにと指示された。
約2時間のテストだが、机の上にバナナやりんごを置いている生徒もいる。どうやらそれは許されるようだ。
結局、頭の毛が逆立つほど頭を使ってテストは終わった。
翌々日に口頭試験も無事終わった。
 全てが終わった翌日私は体調を崩してしまった。
いったい今までどれだけ緊張していたのだろうか? まるで生きた屍のようにボーっとしていた。
勉強の甲斐あって、どうにか試験に受かり無事に証書を手にした。
まだ初級だというのに、私の喜びはとても大きかった。
次に中級に進み、そして中級の終了時にも、同じような試験が行われた。
2月中旬から、2学期の中級クラスが始まった。
同じく、1日5時間。先生はベテランのマダム・パイヤーだ。
彼女はとてもきめ細やかでやさしい先生だった。
クラスの中で何度もパーティーを開いてくれたり、クラスの和を大切にした。
始業の日、校舎でマダム・フォンタナローザにばったり出会った。
彼女は駆け寄ってきて心配そうに私の試験結果を聞いた。
無事に合格して事を伝えると、私を抱きしめて
「おー、神様!良かったわ。SACHIKOあなたが受かったなんて夢のようだわ」と、大声で喜んでくれた。
もちろん私もとてもうれしかったが・・・でも、どうして夢のようなの?
どうやらクラスの中で私が一番の心配の種だったらしい。
ここまで思ってくれたマダム・フォンタナローザに感謝すると同時に、こんな会話がようやくフランス語でできるようになった事に、私はちょっぴり感激していた。