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読み物 > パリ留学日記 > 6. パリで剣道をする
6. パリで剣道をする
投稿者: Sachiko 掲載日: 2004-10-16 (9706 回閲覧)
日本を発つ前に、「どうしてパリに行くの? シャンソンの勉強?」と聞かれた。
シャンソンを勉強するためではなかったし、私の志を言葉にすることは難しかった(その頃は自分でもよくわからなかったのだから)。
だから私は、「人生勉強のために行く!」「剣道の普及のために行く!」などと、答えていた。
確か最後のステージでも、マイクを持ってこう言っていた気がする。
でも、この言葉が現実になると誰が思っただろうか。

SACHIKO、突然剣道の先生になる

パリに着いて1週間経ったある日、“剣道教師募集”の広告をパリの『OVNY』のなかに見つけた。
今考えると恐ろしい事だが、フランス語をほとんど話せなかったくせに“フランス人の知り合いがたくさん欲しい”為に、勢いで電話をしてしまった。 案の定電話でのやり取りは困難を極めた。
しかし、この広告主の弟さんの奥さんが日本人だったので、彼女を通して話が運ばれた。
《パリ市のカルチャースクールで6歳から12歳までの子供達に、 週に1度1時間30分間剣道を教える》という事だった。
実は私は初段しかもっていない。おまけにこの10年間は竹刀など握っていなかったのだ。正直にこの事を打ち明けた。でも、結果は採用。技術的なことよりも、子供達に興味を持たせる事が大切との事だった。

剣道の先生になる
剣道の写真1フランスは剣道が盛んな国だ。パリ市近郊には10以上のクラブがある。 その中でもここのクラブは一番設備が充実している。子供用に竹刀と防具が揃っているので、子供たちは運動着さえ持って来ればチビッコ剣士になれるのだ。
肝心なのは私の剣道着と防具だったが大人のクラブが一式貸してくれた。
これで準備完了。電話をしてから3日後、私は剣道の先生になってしまった。
10年ぶりに竹刀を握った私だったが、なんと私の体は剣道を覚えていた。

しかし相手はフランス人の子供達だ。 私はまだフランス語が満足に話せなかったのである。
彼らは私にとって手強すぎる相手だった。
稽古初日、整列した彼らの前に先生として立った。全員が私のほうをじっとみている。冷たい沈黙が続く。
「ボンジュール(こんにちは)」
そこから先が続かない。結局初回は何がなんだかわからないままに終わってしまった。
しかし子供たちはみんな可愛い・・・(とだけ言っておきましょう。にっくたらしいんだこれが)。
この日から私は剣道の先生になり、 毎週土曜日の2時から3時30分の間はパリ市から雇われる身となったのだった。


私はサ・ム・ラ・イ

「五橋中学校の貝山は強い」
こんな風に言われていたのは今からだいぶ前の話だ。
小学校の頃から剣道をしていた私は、中学の部活でも迷わず剣道を選んだ。本当はバスケットをしたかったのだが、太い足をだすのがいやだったのでハカマで足を隠せる剣道を選んでしまった。
今考えるとバカバカしい理由だったが、その頃はいわゆる思春期というやつで、人並み以上の体の大きさにコンプレックスを持っていたのだ。
中学1年で168センチあった私は当然強かった。上級生と試合をしても、勝つことがほとんどだった。
私の中学時代は剣道一色だった。
しかし高校には剣道部がなかったので、そこでやめてしまった。それ以来二度と剣道はしないだろうと思っていたのだが・・・。

子供たちの先生になった私は、大人のクラブの中でも有名になっていた。
そのクラブは30人ほどで、パリでは比較的大きなクラブで月曜と木曜に練習がある。 年齢層は高く、長年続けている人が多い。
稽古に何度も誘われては断っていた。 毎日学校に行って疲れ果てていた私には、 剣道の稽古はとてもハードに思えていく気がしなかったのだ。
しかし、とうとう断る理由が尽きてしまった。

防具のイラスト初めて稽古に行った時、全員が私を知っているのに驚いてしまった。
「君が幸子だね。こんにちは」
みんな近寄ってきて気軽に挨拶をしてくれた。
まだ言葉の壁が厚かったし、大勢のフランス人の中に入ることが怖かったが、 クラブのメンバーがとても暖かかったので、直ぐにその不安はふっとんだ。
しかし、その反面稽古はとてもハードだった。
10年ぶりに剣道することがどれほど疲れるかなんて、 剣道した事がある人しかわからないだろう。
結局私の中で眠っていた剣道魂がムクムクと目覚めてしまい、 それからは足しげく道場に通うようになってしまった。
私の他は全員がフランス人で、日本に興味をもっている人が多い。
そして、ほぼ全員がサムライに憧れている。 もし時代劇を見せたら泣いて喜ぶだろう。
剣道用語は全て日本語。 しかし説明はフランス語なので、私にはとても良い勉強になる。

日本人の感覚として、気合を入れる時は、「おりゃー、やー、とうー」など、ある程度言い回しは決まっている。
しかし、フランス人の気合はオリジナリティーにとんでいる。
たまに私は吹き出してしてしまうが「ほっ、ほっ、ほっ、ほっーい」「ひひーひひーひひー」など、とにかく面白い. 一度テープに録音したいと思っている。
ある時ポリスマンのミッシェルと稽古をしていたら、突然私の右の手に激痛が走った。彼の竹刀が思いっきり私の手に当たったのだ。
彼はとにかく力が強い。私は竹刀が握れなくなってしまった。
驚いて防具を外すと、手がラクダのこぶのように腫れていた。
「私は女の子なんだから、少しは加減してくれてもいいじゃないの」
稽古後たどたどしいフランス語で他のメンバーに言った。
彼は私の肩に手をのせて真剣なまなざしで言った。
「SACHIKO、稽古のときはみんなサムライなんだ」
私は唖然としてしまった。
「私はサムライじゃない! サムライなんてなりたくない!」
それからしばらくの間、会う人みんなに驚かれるほど私の右手は青黒く腫れあがっていた。
しかし、悲しいかな、一度目覚めた私の剣道魂はこんな事には負けなかったのである。
結局、いまでも私は定期的にサムライになっている。


静かにしなさい! 私は剣道の先生よ

剣道の写真いきなり剣道の先生になってしまった私も、回を重ねるごとに慣れていった。
教室は上級者と初級者に分れている。
上級者は何年も続けている子が多く、防具をつけて稽古する。 初級者のほとんどが全くの初心者だ。
フランス人の男の先生と交代で、この二つのクラスを教えている。
彼は体が大きく厳しいので、彼が教える時には子供たちはとてもお行儀がよい。
「ねえ、先生。今日は上級担当? それとも初級?」
毎回道場に着くとすぐに聞かれる。
「今日は初級よ」
私が担当する子供たちは大喜びだ。なぜならおふざけができるからだ。

 慣れ始めた子供がどれだけ大変かは、想像を絶する程だ。
おまけに言葉が余り通じない。
大人と話す場合、少々発音が違っていても想像をして答えてくれるが、 子供の場合はそうはいかない。
発音がほんのすこしちがうと「わかりませーん」といわれてしまう。
特に6,7歳が多い初級のクラスは興味をそらさないようにするのが大変だ。
たまに、お遊びを入れてみたり、簡単な日本語を教えてみたりと、 私はまるでベビーシッターのようだ。

こんなに一生懸命に私がやっているのが子供たちに伝わっているかは定かではないが、父兄には伝わっていたようだ。
「マドモアゼル、あなたの授業をみてうちの子供もお願いしたくなりました」
と見知らぬお父さんからいきなり手を握られたり
「マドモアゼル、うちの子は剣道の時間をとても楽しみにしてるのよ」と、言われたり。
とてもうれしい事だが・・・子供たちはとにかくうるさい。
ある日、初級の子を教えていると子供たちがいつものように竹刀でいたずらを始めた。
「やめなさい!」
私が叫んでも全く言うことを聞かないので、私は正座をしてじっと子供たちを見ていた(これはいつもかなり効果がある)。
プチ・ビオレットいう名の、いつもとてもうるさい7歳の女の子が私に近寄ってきた。
「先生、あなたは中国人なの?」
日本人だと答えると、

「そう、先生はえらいわ。だって外国人なのに
 フランス語で私達に教えているんだもの。
 私だったら絶対にできないと思うの。
 先生、私、これからはいい子になるわ」
と、言って私の頬にキスをした。そして
「みんな、いたずらやめなさーい」と、大声で叫びだした。
それからその日はウソのようにみんなよい子だった。

2週間後の初級担当の日。
まるで何事もなかったかのようにプチ・ビオレットは大暴れしていた。
はあ・・・・。あれは夢だったのかしら?

7,8,9月の3ヶ月のヴァカンスの後10月から稽古が再開した。
驚くべきことに新しい子供が12人もやってきた。
まだまだおとなしく可愛らしい彼らだが、チビッコギャングになるのも時間の問題だろう。

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