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読み物 > パリ留学日記 > 4. 日本からのお客様
4. 日本からのお客様
投稿者: Sachiko 掲載日: 2004-10-16 (3224 回閲覧)
11月中旬2組目のお客様がやって来た。いとこのユキちゃんだ。
私の歌の師匠でもあるシャンソン歌手のユキちゃんは、人形師の辻村ジュサブローさんとジョイントコンサートをする為、30名ほどのファンの人たちと一緒にやってきた。

待ちに待ったお客様

私の渡仏以前から決定していたイベントでもあり、私はこの日を首を長くして待ち望んでいた。異国の地で肉親に会うことはとてもうれしいことである。
でも今回は“かいやま由起とともに”というツアーなので、彼女はファンのおば様たちと行動をともにしなければならなかった。
でもその合間をぬってジル(彼はユキちゃんの家にホームステイしていたのだ)や、 パリの旧友と再会する時間が持てた。
私にとってユキちゃんに同行したピアニストのドンちゃんとの再会もうれしいものだった。彼は私がずっと一緒に仕事をしてきた気の置けない仲間である。
この年の11月中旬は1週間ほどの寒波があり死者が出るほど冷え込んだ。 ユキちゃん御一行がパリに到着した時は寒波の真っ只中だった為、おば様たちは震え上がっていた。
同じくわたしも防寒具をまだ持っていなかったので恐ろしく寒い思いをしていた。
こんなわたしを見かねてドンちゃんが
「僕は新しいコートをパリで買うから幸子にこのピーコートあげるよ」 と言ってくれた。
彼のピーコートはとてもいい物で、実は以前からわたしは目をつけていた。
「ここが日本だったら絶対にあげないけど、パリで幸子に会うとなんだかとてもかわいそうでさあ・・・」
どういう意味だったのだろうか。
まあ、とにかく私は念願のピーコートを手にした。
「ねえ、ドンちゃん! その手袋も頂戴!!」
異国では思わず図々しくなるものである。しかしそれは新品のバーバリーの手袋。残念ながらゲットできなかった。
その代わり3500粒入りの瓶入り仁丹を置いていった。何故、ドンちゃんがパリまでこんなもの持ってきていたのかは不明だが・・・。
とにかく私はパリで貴重な仁丹を手にすることができた。
パリの日本人に売りつけようとも思ったが、3500粒入りの瓶詰め仁丹は ほとんど手付かずのまま、私の部屋の片隅でじっとしている。

パリ、お墓ツアー・1

私がパリに住んでまもなく、初めて日本からのお客様が来た。シャンソン歌手の友人とファンのおば様の二人である。
この年の10月はグレコ、アズナブールなど往年の大物歌手達がこぞってコンサートを開いていた。彼女達はその為にやってきたのだ。
私は、チケットの手配をまかされた。
パリに着いてからまもなくの事だったのでチケットを取るのにとても苦労した(彼女たちの前では涼しい顔をしていた私だったが)。
そして、そのお礼に全てのチケットをおごってもらった。
実践はどんな勉強にも勝るものである。それから私はすっかりチケット手配のプロになってしまった。
無事全てのコンサートに行き終えた。
「幸子さん、私たちお墓に行きたいの・・・・・」
彼女たちの次の要望は、ダリダ、イヴモンタン、ゲンズブール、ピアフの墓参りをしたいとの事だった。
私の授業は毎日午前9時から午後3時までである。終わってから地下鉄やタクシーで回るのは大変だと頭を悩ませていたところ良い考えが浮かんだ。
「そうだ、ジルだ!」
ジルは3年前に、従妹の家に3ヶ月ホームステイをしていた、23歳のフランス人の男の子だ。
今はすっかり仲良しになっているが、その頃私はまだフランス語を話せなかった為、 電話ではなすことは困難を極め毎回ドキドキものだった。辞書片手に変な英語とフランス語を駆使してどうにかジルに伝えた。 無料では申し訳ないのでアルバイトという事にした。

パリ市内には大きな墓地が3つある。
3時間で3つを回るのは難しいので、ダリダの墓のあるモンマルトル墓地と ピアフの墓のあるペールラシェーズ墓地を回ることになった。
待ち合わせの日ジルは少し遅れてやってきた。おば様たちは少しイライラ気味だったが、 待ち合わせ場所のコンコルド広場のホテル・クリヨンの前にBMWが止まり、 彼が現れたと途端に全てが変わった。
ジルはグラビアモデルなのだ。
二人の顔は笑顔に変わった。
「青い目のいい男はなんて得なんだろう!」
思わずつぶやきそうになってしまった。
だって、ジルが来るまでの間、おば様はとっても怖かったんだもの。

パリ、お墓ツアー・2

午後3時30分にお墓ツアーがスタートした。目指すお墓は2つ。ダリダとエディト・ピアフだ。
小雨が降り、その日はとても寒い日だった。
まずは、コンコルド広場からモンマルトル墓地へ。しかし、運悪くラッシュに巻き込まれてしまった。
平日のパリの渋滞は、東京以上だ。一方通行が多いし道幅が狭い。 全ての道路は1つの広場から放射線状に伸びている。
1時間ほどでやっとモンマルトル墓地へ着いた。
急いで墓地内の事務所へ行き、墓地内の地図を手に入れた。パリ市の墓地にはそうそうたる人達が眠っている。お墓の1つ1つが日本人には珍しくそして美しい。
入り口の側にダリダは眠っていた。
生前のダリダを思わせる実物大のブロンズ像。ダリダはとても小柄な女性だった。
彼女のお墓は色とりどりの花に囲まれて、一際華やかに目立っていた。
「さあ、ダリダと一緒に写真をとりましょうよ!」
お墓の前で笑って記念写真だ。 なんか変な気もするがまあいいか。ダリダが写っている心霊写真だったら、お守りになるかもしれない。私達はパチパチととりまくった。

さあ、次に目指すのはピアフの眠るペール・ラ・シェーズ墓地。 パリの東の外れだ。もう5時半を回っていた。ペール・ラ・シェーズ墓地は6時で閉まってしまう。
市内の渋滞を避けるためパリ市を囲んでいる高速に乗った。
ピー! 墓地の近くで6時の時報が鳴った。
とりあえず入り口まで行ったがやはり門は閉められていた。
突然ジルは車から飛び出して行った。そして、門を叩いて何か大声で叫んだ。
それから後を振り返り
「早くおいでよ! 入れるよ」
と、笑顔で叫んだ。私達は急いで門へ向かった。
墓地の門は想像を絶するほど頑丈にできていた。 ちょうどお墓の職員が帰るところだったらしく、私達はそのすきに入り込んだ。
10月中旬のパリは夕方になるとかなり暗い。
「幸子、ガイドブックは?」
ジルが言った。
ガーン! 私は墓地の地図が出ていた大切なガイドブックを、車の中に置いてきてしまった。
もう仕方がない。私たちには時間がないのだ。
ピアフの命日は過ぎたばかりなので、一番花が多くて目立っているに違いない。
しかし、墓地は広い。とにかく広かった。4人は必死になって墓地中を探し回った。30分ほどかかったであろうか。やっと見つけ出した。
予想に反してピアフのお墓はとてもシックだった。色とりどりの花に囲まれていたダリダとは違い、緑が多くしっとりとしていて、他のお墓よりも地味なくらいだった。
おば様たちはピアフに会えたことに感激し、私とジルはこの広い墓地の中から見つけ出せたことに感激していた。
10分ほどピアフのお墓にいたであろうか。気が付くとあたりはかなり暗くなっていた。 探していた時は夢中だったが、私達はかなり奥まできていたのだ。

風の音と足音しか聞こえない墓地の並木道とパリの夜空は、不気味なコントラストを奏でていた。 門までの道のりは長かった。街灯のないまっすぐな並木道は永遠に続きそうだ。
後ろを振りかえると、おば様達は頬を赤らめ一生懸命歩いていた。
やっと、門にたどり着いた。この非現実的な空間からやっと抜け出せると思いきや・・・
門は非情にも硬く閉ざされたまま全く動かなかった。時計は7時半になろうとしていた。私達は1時間半も墓地にいたのだ。
この中に夜中中閉じ込められているのかと思うと、冷や汗がでてきた。
塀を越えようと私は登りはじめたがジルに止められた。塀の上には電気が走っていて危険らしい。とにかく他の出口を探してみるしかない。私とジルは歩き出した。
おば様達は事の重大さに気が付かず、「とらわれのお姫様ね」と、少女のように喜んでいる。
「誰かいますか!」
ジルは叫びだした。男性の声は遠くまではなかなか響かない。私は思いっきり甲高い大きな声を出した。
二人で何十回叫んだであろうか。すると、遠くのほうから懐中電灯の明かりがかすかに見えた。
私とジルは駆け出した。この空間を抜け出せると思うと、私は涙がこみ上げできた。
「誰かいるのか!!」
人の声と一緒にたくさんの犬の鳴き声がした。二人のガードマンと10数匹の犬だった。
ジルは今までのいきさつを説明し、門を開けてもらえるように頼んだ。
「君達はラッキーだよ。後、10分遅かったら、こいつらに噛み付かれて大変だったよ」
ガードマンは笑いながら言った。
不法侵入者が多いので、毎晩墓地内に犬を放すそうだ。私とジルは笑いながらも、あと、10分遅かった時のことを考えてぞっとした。
ガードマンがレーザー光線で鍵を開け、私達は無事に現実の世界へと出ることができた。
おば様たちの瞳は依然として宙をさまよっていた。
そんな二人をみて“旅行って全てが非現実的な世界なんだなあ・・・”と思った。
そしてパリは私にとってかなり現実の世界になっている事に、少なからずの感慨を覚えていた。

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