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読み物 > パリ留学日記 > 3. アパルトマン(9区シャローンヌ)
3. アパルトマン(9区シャローンヌ)
投稿者: Sachiko 掲載日: 2004-10-16 (4536 回閲覧)
私の学生生活は9区にあるシャローンヌのアパルトマンから始まった。
今思うと、よくあそこに一人で住んでいたと思うほど、何もない部屋だった。知人の紹介で知り合った、日本女性、さよこさんがアトリエに使っていた部屋を無料で貸してもらっていた。

さよこさんのアトリエ

さよこさんとご主人のダニエルさんが、仕事で一年間アメリカに行く間二人の住居である部屋を貸してもらう手筈になっていた。しかし、ダニエルさんの上司のベルギー人にいきなりその部屋を横取りされてしまったのだ。
私は部屋がなくなり、新しい部屋を見つけるまで、という条件で、このアトリエ(と、いっても普通のアパルトマンだ)に、住む事になった。
10日間のホテル住まいに疲れ果てていた私にとっては、まるでお城のように快適だった。
それから直ぐに私は新しいアパルトマンを見つけることができ、何もかも調子よく滑り出しているように見えた。

しかし、事件はそのアトリエを引っ越す前日に起こった。
学校から帰ってくると何故か部屋のドアが開いていた。
時たま、さよこさんが荷物整理にきている事があるので、私が「さよこさん、いらしてたんですか? こんにちは!」と、いいながら中に入った途端、妙に散らばっている部屋の様子を目にした。
私のトランクは開けられていて全てのものが足の踏み場がないほど散らばっていた。一瞬、私の頭の中は真っ白になった。
何が起こったのかを理解するには1分以上の時間を費やしたに違いない。
「ど・ろ・ぼ・う・だ!」
やっぱり世の中は甘くないのだ。心からそう思った。なぜなら、私がパリに着いてから全てが順調だったからだ。
少しずつ悲しみがこみ上げて来た。
頭の中では「人生七転び八起き、苦あれば楽あり」この言葉がとぐろを巻いていた。
しばらくの間は自分がすべきことを考えることは困難だった。私はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
「とにかく、さよこさんに電話だ」
電話ボックスへ走っている間、「幸せなら手を叩こう、幸せなら手を叩こう」と、口ずさんでいた。

私の親愛なるオカマ

さよこさんと無事連絡が取れて、彼女がやってきた。
「何も触らずにじっとしていてね。」
私は、彼女の言い付けを守っていた。
しかし、さよこさんを待っている間のなんと心細かったことか。
「幸せなら足鳴らそう、幸せなら足鳴らそう」頭の中でまたもやこの歌がグルグル回った。
管理人室へ寄った後さよこさんがやってきた。
管理人のおじさんは「ドロボウは中国人だ! 絶対に中国人だよ!」と、彼女に叫んでいたそうだ。
全くいいかげんなオヤジだと思いながら、私達は盗まれた物のチェックにとりかかった。
滞在費はすでに銀行に預けてあったのが不幸中の幸いだ。
しかし、袋という袋は全て開けられていてかなりの物が盗まれていた。

泥棒のイラスト新品のカメラ、アクセサリー、現金4万円、コンパクトディスク・・などなど。
「うーん、これはプロの仕業だ」
と思わず感心してしまうほど、鍵は鮮やかに壊されていた。
考える限り、私に落ち度はなかった。
鍵も閉めたし、雨戸も閉めた。完敗だった。
次第に盗まれた物よりもこの貴重な体験のほうが価値のあるものに思われてきた。 きっと私の中に気の緩みがあったのだろう。
「ヘソに塩をふってお尻の穴を閉めて気を引き締めなさい」
いつも母親が言う言葉を思い出していた、その時──。

「あーっ! これなにかしら! この発泡スチロール」
泥棒の置き土産だろうか?
いくら考えても思いつかない。
しばらく経ってから「ねえ、オカマじゃなあい?」、さよこさんが言った。
そうだ、オカマだ。3日前に500フランも出して買った私の宝物の電気炊飯器だ。

さよこさん

泥棒事件があった数日後、さよこさんはご主人の待つアメリカへ1年の予定で飛び立っていった。
わずか3週間ほどであったが、彼女はパリに住むことにおいてたくさんの事を教えてくれた。
一番最初に知り合った人がさよこさんだった事に私は感謝している。
10年以上前に絵の勉強のために渡仏し、ダニエルさんと結婚した。さよこさんにはパワーがあった。考え方が全て楽観的で私に良い影響を与えてくれた。
泥棒事件の時もさよこさんがいなければ立ち直りに10倍以上時間がかかったに違いない。
私は、さよこさんのお陰ですぐに元気を取り戻した。
そう、ここはパリ。そして、私はエトランジェ(外国人)なのだ
「ケ、セラ、セラなるようになるさ・・・」
さよこさんのお陰で私は物凄く強くなれた気がする。
彼女の教えで一番役に立っているのは、“パリの電気コンロ(パリの電圧は日本の約2倍)でご飯を美味しく炊く方法”を 実演入りで説明してくれた事だ。

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